ラストサビ
そう、このラストのサビの歌詞は運ちゃんの心境、そして最後の部分は運ちゃんの心境から話をきいている主人公(稲葉氏でしょうね)の感想に移っている点に注目です! ではどこから主観が運ちゃんから稲葉さんに変わったか? ここが面白いところですね。おそらくですが、”現実を乗車拒否、、”の部分は運ちゃんの主観ですが、それに稲葉さんも強く共感しているのでは、、と思っています。そして最後のサビは稲葉さんの思いと稲葉さんから運ちゃんへの応援メッセージ、ととらえるとピタッとつながるのでないでしょうか?
キツイ生活を送っている運ちゃん、でも稲葉さんは”幸せはキャンバスの中に描ける=絵描きとして幸せに生活できるときがきっとくる!”というメッセージ送ります。そして”どうしてもこの忙しさはとても理不尽に思えてしょうがない”は実際の歌ではシャウト気味、だから歌い手(稲葉氏)の心の声に聞こえてしまうのです。つまり理不尽な忙しさにやられてしまっているのは誰であろう稲葉さんですねw。そして運ちゃんの絵がいつか売れることを願います。
さて最後のワンフレーズ”その時は誰かさんと雲に乗りたい”ですが、これはいろいろ考えてみましたが結局しっくりくる解釈はできませんでした。
タクシーではなく雲に乗る? 誰かさんというは運ちゃん? ということは稲葉さんもB’zのボーカルとしてもその時よりもっとメジャーになって、タクシーの運ちゃんも画家として売れっ子になって、そしたら今度はタクシーの運ちゃんとお客という関係ではなくもっとメジャーなセレブリティ同士として雲の上みたいな素敵などこかで会えたらいいね、というような会話をもしかしたらタクシーの中でしたのかもしれませんね。
僕らーきいはアメリカに在住しているんですが、こちらではウーバーやリフトといった誰でも個人が旅客用に車を運転してお客を乗せるビジネスが日常茶飯事となりました。ドライバーはみな自営業なので個人タクシーのような感じですね。むしろもう「Taxi」と見てわかるような従来のタクシーをグッと見かけなくなってしまいました。おそらくウーバービジネスによってかなり減らされてしまったのだと思います。
この歌詞に出てくる絵描きさんはまさにこちらで見かけるウーバードライバーを連想させますね。彼らは本業で運転だけしているわけではなく、そのほとんどが副業としてやっていたり、ちょっと小遣い稼ぎに旅客サービスをやっているにすぎません。自分自身のやりたいことや夢を持っていたりします。当時僕が日本で最初にこの曲を聞いたときは”ベレーかぶってタクシーで副業、大家さんと裁判やるために費用を稼ぐ”、なんてイメージから「あー この歌詞の舞台って、アメリカかどこかかな?」とか思っていました。そんなことはなかったようですがw
でも一応実話に基づいた話だ、ときいてやはりびっくりですね。となると歌詞の中の心境配置もタクシードライバーとお客さんにすっと分けられるので解釈もしやすくなりました。でも僕がもしベレーかぶってるタクシードライバーと出会ったなら「なんでベレー帽なんですか?」ってやっぱり聞きたくなっちゃいますね!
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